ブラジル風バッハ

ブラジル風バッハ
ヴィラ=ロボスの作品の中でも最もよく知られ演奏される機会の多いのが、9曲の連作≪ブラジル風バッハ≫ Bachianas-Brasileirasである。この原題を意訳すれば、“バッハ風のブラジル音楽”というのが正しいが、なぜかわが国では語呂のよい“ブラジル風バッハ”が通称されている。この連作はパリ滞在を終えてブラジルに帰国した1930年から45年までの15年間に書かれている。彼はヨーロッパ、北米の滞在を通して祖国ブラジルへの思いをより深めるようになったようだ。それがこの連作創作のきっかけともなり、終生敬愛したバッハの作風、技法、精神を、ブラジルの土壌に芽生えたブラジル特有の音楽的感性に結びつけることで、強い祖国愛の証としたことが考えられる。

どの曲もバッハの組曲風の形をとり、舞曲やアリアを組み合わせた複数の楽章で構成され、多くの場合それぞれの楽章にはブラジル的な副題が付けられている。テーマはかつてブラジル奥地で採譜したインディオの歌、黒人の音楽、民衆音楽ショーロなどブラジル的なものを想起させる躍動するリズム、そして、ブラジル人特有の情熱「サウダーデ(郷愁)」が作品のうちに滲んでいる。


≪第1番≫ チェロオーケストラ(1930)
序奏(エンボラーダ/民族舞曲)、前奏曲(モジーニャ/叙情歌)、フーガ(コンヴェルサ/会話)の3楽章。演奏には最低8台のチェロが必要、チェロをこよなく愛し知り尽くした彼ならではの作品で、チェロの性能が最高度に活かされ、素晴らしい演奏効果が発揮される。彼の思いの深さを感動的に伝えるブラジル的情感の溢れた屈指の名作である。パブロ・カザルスに献呈。[時間約20分 出版AMP]

≪第2番≫ 小オーケストラ(1930)
1管編成のオーケストラにテナーサックス、ピアノ、多種の民族打楽器が加わる。前奏曲(無頼者の唄)、アリア(我らが大地の歌)、踊り(奥地の思い出)、トッカータ(カイピラの小さな汽車)の4楽章。 これもまたそれぞれにインディオ、黒人、リオの民衆音楽といったブラジル固有の音楽素材によっている。1管編成とは思えない色彩感豊かな響きは、まさに彼の管弦楽法の魔術である。奥地を走る小さな汽車を描いた最終楽章のトッカータの民謡のメロディは郷愁を誘い、汽車の走る様子の描写はリアルで見事。[時間21分 出版Ric]

≪第3番≫ ピアノと管弦楽(1938)
前奏曲(ポンティオ/つまびき)、ファンタジア(デヴァネイオ/夢想)、アリア(モジーニャ)、トッカータ(ピカパオ/きつつき)の4楽章。ここでもブラジル的風土を表す叙情性、躍動感を豊かに描き出している。ピアノ協奏曲というイメージではなく、ピアノと管弦楽の対話風のまとめ方に特徴があり、内面性の深い力作。2台のピアノ用編曲もある。[時間29分 出版Ric(NY)]

≪第4番≫ ピアノまたは管弦楽(1930~1941)
前奏曲(序奏)、コラール(奥地の歌)、アリア(カンティガ/恋歌)、踊り(ミウジーニョ)の4楽章。特に敬虔な祈りを感じさせる前奏曲はしばしば独立して演奏される。全体にテーマにはブラジルの古謡やわらべ歌が使われている。ミウジーニョは黒人に伝わる小刻みな足踊り。[時間23分 出版CM]

≪第5番≫ ソプラノと8台のチェロ(1931~1945)
独特な組み合わせが絶妙な効果を発揮し、彼の作品の中では演奏される機会が最も多い。アリアとダンサ(マルテロ/槌のひびき)の2つの楽章は作詞者も作曲時期も違い、後でつなげられた。ヴォカリーズと短い歌詞のついた叙情に満ちた美しいアリア、一転して速いテンポの躍動感溢れるダンサの2つの曲趣の違いは歌い手に高度なテクニックと幅広い音楽性を要求しているが、歌い手にとってこれほど魅了される曲は他にない。ソプラノとピアノ、ギターによる楽譜も出ている。[時間11分 出版AMP]

≪第6番≫ フルートとファゴット(1938)
アリア(ショーロ)、ファンタジア(速く)の2楽章。 表情の違う二つの楽器の対位法的な組み合わせはリオの民衆音楽ショーロのイメージをふまえた楽しい作品。[時間8分 出版AMP]

≪第7番≫ オーケストラ(3管編成)(1942)
前奏曲(ポンティオ・つまびき)、ジーグ(カドリーリャ・カイピーラ/田舎の踊り)、トッカータ(デザフィオ/歌試合)、フーガ(コンヴェルサ)の4楽章。[時間8分 出版ME]

≪第8番≫ オーケストラ(3管編成)(1944)
前奏曲、アリア(モジーニャ)、トッカータ(カリラ バティダ)、フーガ(コンヴェルサ)の4楽章。[時間24分 出版ME]

≪第7番≫、≪第8番≫ともにブラジルの大自然の悠然たる雰囲気と密林の鳥たち、フェスタの躍動感が描かれているが、とくに≪第7番≫は全体としてまとまった印象が強く、フーガは特によく書かれている。

≪第9番≫ 弦楽オーケストラ、またはア・カペラ混声合唱(1945)
前奏曲とフーガは続けて一つの楽章として演奏される。パイプオルガンを思わせる宗教的な響きをもった前奏曲に対して、フーガは8分の11という変拍子のリズムが一貫して流れ、独特なリズムは神秘的なインディオの宗教的な祭りを彷彿とさせる。[時間9分 出版ME]