ショーロス

ショーロス 

16曲の連作≪ショーロス≫Chorosは、パリ滞在中の1920年から帰国前の29年までのおよそ10年間に書かれた。その頃ヨーロッパ音楽の渦中にあったヴィラ=ロボスの脳裏には、少年時代に親しんだリオ・デ・ジャネイロの民衆音楽ショーロのことが彼のブラジルへの郷愁と祖国への思いを募らせ、独自のブラジル音楽創作を目指して「ここにブラジル音楽あり」という音楽的主張に若い情熱を燃やし、この連作ショーロが創作されたのだろう。いうまでもなくパリの楽壇にはセンセーションを巻き起こした。

ショーロは19世紀末から20世紀初頭にかけてリオ・デ・ジャネイロの巷に流行った民衆の音楽の一つで、フルート、ギター、太鼓などを路上で即興的に弾き歌いするセレナーデといったもの、初めはヨーロッパの舞踊音楽と黒人たちのリズムなどが入り交じったものから、やがてブラジル的な哀愁を感じる独自の民衆音楽に変化し、「泣く(ショーロ)」というポルトガル語がそのままこの音楽の呼び名となった。ヴィラ=ロボスは少年の頃からショーロ楽団に加わり、全ての楽器をマスターするなど、作曲家ヴィラ=ロボスの原点にはいつもこのショーロが息づいていたのだと思われる。

 


 

≪第1番≫ ギター(1920)
ギターを愛し精通していたヴィラ=ロボスは、連作≪ショーロス≫の冒頭にギターの独奏曲を書いた。ショーロのロンド風な形式に基づいて作曲され、曲全体に流れるブラジル独特の郷愁(サウダーデ)が深い情感をそそる。ギター奏者にとって知らぬものはない名曲で、ギタリストの重要なレパートリーとして愛奏されている。敬愛していたE.ナザレに献呈。[時間8分 出版ME、AN、CMC]

 

≪第2番≫ フルートとクラリネット(1924)
この木管二重奏は、一連のショーロスの中でも完成度が高い作品である。技術的な面でも高度なショーロの即興的な要素が活かされた洒脱な内容の作品。ピアノ曲のための編曲もある。[時間3分 出版ME]

 

≪第3番≫ 「きつつき」(1925)
男声合唱、クラリネット、ファゴット、アルトサックス、3本のホルン、トロンボーン
珍しい編成の曲だが、これは男声合唱のみ、管弦合奏のみでも演奏できるように、音が重複されて書かれている。ブラジル奥地中西部の先住民インディオの民謡を借用、歌詞の「ノザニ・ナ・オレクワ」を使い、中間部には副題「きつつき(ピカパウ)」というもう一つのリズミカルな民謡を取り入れ、神秘的なものとユーモアな雰囲気とが混在した楽しい曲となっている。[時間4分 出版ME]

 

≪第4番≫ ホルン3本とトロンボーン(1926)
典型的なショーロの雰囲気を金管四重奏に託し、全体につぶやくように押さえ気味に奏される交差するメロディは、金管の華やかさを逆手にとった表現に変えて叙情的な効果を狙っている。リオ・デ・ジャネイロの裏町に流れたショーロの哀愁を彷彿とさせるものが伝わってくる。[時間6分 出版ME]

 

≪第5番≫ ピアノ“ブラジルの魂”(1925)
連作中では唯一のピアノ曲。セレナーデ風の三部形式、重々しいシンコペーションのリズムにのった短調の哀愁を帯びたメロディは、やがて激しいリズムを持った中間部で盛り上がる。ここにもブラジル的な郷愁(サウダーデ)が一貫して流れている。副題の“ブラジルの魂”は心の奥にひそむブラジル人の心を指しているのだろう。よく演奏される曲である。 [時間5分 出版ME、CMP]

 

≪第6番≫ 管弦楽(1926)
突然ここに、3管編成のオーケストラ、ハープ2、打楽器21という大オーケストラの作品が書かれた経緯は不明だが、民俗音楽探索のためにブラジル奥地を旅行した時の思い出がそのまま幻想風な形で音楽になっている。大地の茫漠とした取り留めのなさ、不安や郷愁、大自然の美しさや豊かさへの憧れ、厳しい旱魃(かんばつ)や嵐、洪水への恐怖といったものが交響詩的な形で次から次へ幾つかのテーマを発展させ自由に展開されていく。ショーロのイメージを大きくダイナミックにした作品である。[時間26分 出版ME]

 

≪第7番≫(1924)
フルート、オーボエ、クラリネット、アルトサックス、ファゴット、ヴァイオリン、チェロとタムタム(銅鐸)
本来のショーロのイメージとは違い、インディオの民謡風で魅力的なメロディが原始的な反復されるリズムにのって、それぞれの楽器に印象的に現れては受け継がれていく。≪第3番≫に使われたノザニ・ナのテーマも断片的に現れ、全体に形式にとらわれない自由な展開と躍動感を与える。[時間9分 出版ME]

 

≪第8番≫ 2台ピアノと管弦楽(1925)
2台のピアノは独奏と伴奏という形で書かれ、3管編成の大オーケストラと打楽器郡との間で掛け合うように現れる。リオのカーニバルの雰囲気を表現している。冒頭の民俗打楽器カラカサの強烈なリズムから始まる一貫した独特なリズムが、≪第6番≫の未開地の印象に対して都会的な躍動感と興奮を表し、哀愁を帯びたメロディが変化の多いダイナミックな流れの中に交差する。[時間20分 出版ME]

≪第9番≫ 管弦楽(1929)
純粋に美しい作品なのだが、殆ど演奏されることがなく、作曲者自身もリズムと技巧的な音だけだと語っている。[時間26分 出版ME]

 

≪第10番≫ 混声合唱と管弦楽(1926)
3管編成のオーケストラと混声合唱のこの作品は、曲の構成の明快さ、オーケストレーションの見事さからいって、ショーロスの中の傑作の一つである。今日最も演奏される機会が多い。フルートやクラリネットによる密林の鳥たちの鳴き声、羽ばたきの描写、合唱によるインディオ語に似せた擬声音のダイナミックな効果、終曲にいたる素晴らしい盛り上がり、全体に野性味と叙情性に溢れ、よく構成された完成度の高い作品で、「ブラジルの心」と言われている。[時間18分 出版ME]

 

≪第11番≫ ピアノと管弦楽(1928)
A.ルビンシュタインに献呈された作品だが、長大で様々なテーマの取り止めのない展開に終始し、重々しいだけでまとまった印象に欠け、余り演奏されることがない。[時間46分 出版ME]

 

≪第12番≫ 管弦楽(1929)
4管編成の大オーケストラと2台のハープ、ピアノ、ザイロフォン、チェレスタ、11種の打楽器と編成は大がかりで、「力強く、大きく、巨象のようにたくましい」と彼自身が語っている。≪第9番≫での試みに改良を加え、ブラジル奥地で採譜した民族的な主題をより有効に活用し、構成の面でも完成度を高めた作品だといわれているが、大編成の上に長すぎるためか、今では演奏されることが殆どない。 [時間35分 出版ME]

 

≪第13番≫ 2つの管弦楽と吹奏楽(1929)
吹奏楽を中心にして両側にオーケストラを配した大がかりなもの。スタジアムで演奏されたが、総譜も紛失し出版もされていない。

≪第14番≫ 管弦楽と吹奏楽と合唱(1928)
大オーケストラと吹奏楽と合唱という、これも大がかりな作品。ショーロスの集大成として書かれ、大スタジアムでのイベントのために演奏されたものだと伝えられているが、これも総譜は紛失され、出版もされていない。

 

≪ショーロス・ビス≫ ヴァイオリンとチェロの二重奏(1928)
ヴァイオリンとチェロというシンプルな形が特徴的で、弦楽器同士のショーロ的な交差するテーマの妙味あるやりとりが実に面白く描かれている。第1部ではヴァイオリンが歌いチェロが伴奏し、やがて中頃からこれが逆転、チェロが歌う。同じことを繰り返して終わる。第2部は三部形式で書かれ、ゆっくりと始まったものが中間は躍動的なものになる。連作≪ショーロス≫ の最後に至って、再びショーロの原点に立ち戻り、それをより鋭いモダンで新鮮な感覚の作品に仕立てたのはさすがヴィラ=ロボスである。よく演奏される作品である。[時間8分 出版ME]

 

≪ショーロスへの序奏≫ ギターと管弦楽(1929)
伝統的な形式で書かれており、連作≪ショーロス≫各曲のモチーフが現れて展開され、最後にギターのソロで静かに曲が閉じられる。連作の最後の締め括りとして発想し、書かれたものと思われる。[時間12分 出版ME]

 


 

[註] 出版社
AMP/Associated Music Publishers
AN/Arthur Naporeao
CMC/Columbia Music Corporation、
CMP/Consolidated Music Publishers
ME/Max-Eschig
Ric/Ricordi